中小企業の経営者にとって、事業承継は避けて通れない重要な課題です。とくに親族内承継を検討している場合は、相続税や贈与税の負担のほか、遺産分割の公平性や、これらの問題が経営の混乱に発展する懸念についても対処しなければなりません。
事業承継を成功させるためには、単に後継者を決めるだけでは不十分で、相続対策を含めた包括的な準備が不可欠です。ここでは、事業承継における相続対策の重要性から具体的な節税スキーム、争族対策まで、円滑な承継を実現するための戦略を詳しく解説します。
事業承継で相続対策を怠ったときのリスク
親から子への経営者交代を目指す場合など、事業承継を親族内で行う場合、とくに相続対策は必須です。
相続対策をしない場合の直接的なリスクとしては、後継者側の資金不足(納税資金によるもの)のほかに、遺産の分配を巡るトラブル発生の可能性が指摘できます。こうした問題が引き金となり、経営の混乱から社内外への悪影響が起こらないとも限りません。
高額課税による資金繰りの問題
株式譲渡による事業承継では、譲渡方法によって相続税または贈与税が後継者に課税されます。課税額抑制や納税資金確保が甘いと、資金調達のため、事業用資産(本来は後継者に集約されるべき自社の株式を含む)の分散を余儀なくされます。
相続トラブルに発展する可能性
経営者の個人資産において大きなウェイトを占めることになる自社の株式は、後継者とほかの相続人との間での遺産分割を巡る紛争、いわゆる「争族」の原因となることがあります。これにより経営に混乱が生じ、迅速な意思決定が妨げられることも少なくありません。
経営の混乱・経営権の不安定化
納税資金や遺産分割の都合で自社株式の散逸を許してしまうのは、なるべく避けたいところです。経営権が不安定化し、経営方針の一貫性が失われるリスクが高まるからです。少なくとも、経営に関心が低い・経営方針に必ずしも賛同しない株主を招くのは避けるべきです。
社内外への悪影響
経営を巡って混乱が起こると、従業員の不安を招きモチベーションを低下させ、優秀な人材の流出に繋がりかねません。さらには、取引先や金融機関からの信用を失い、取引条件が悪化するといった事態も起こり得ます。
【相続税対策編】事業承継で実施する代表的な節税スキーム

事業承継でまず解決しなければならないのは、株式譲渡に伴う課税の問題です。とくに自社株の評価額が高い場合、後継者の納税資金確保が困難になることもあります。こうした負担を軽減し、円滑な承継を実現するためには、具体的な節税スキームを理解し、早期に計画的な対策を進めましょう。
株価の引き下げ
相続税および贈与税の課税額抑制では、課税価格(=株価)の引き下げが必要です。方法としては、現経営者のセカンドライフ資金確保を兼ねた役員退職金の支払い、含み損のある資産の売却・除却、設備投資などの方法が考えられます。配当政策を見直すなどして株価の算定方法の変更が可能になれば、それだけでも株価抑制につながるかもしれません。
【関連リンク】事業承継を成功させるための株価対策とは|承継円滑化と経営基盤安定化の基本
事業承継税制の利用
事業承継税制は、後継者が非上場株式や事業用資産を承継する際に贈与税・相続税の納税を猶予・免除する制度です。制度は一般措置と特例措置に分かれており、特例措置では後継者が承継する株式の全株式が対象となるうえ、税額の全額が猶予されるため大きな節税効果が期待できます。
生命保険を活用した資金確保
生命保険は、相続税や贈与税の納税資金を準備する有効な手段です。死亡保険金には法定相続人一人あたり500万円の非課税枠があり、これを活用することで納税資金の負担を軽減できます。保険金の受取人を後継者に指定すれば、納税資金だけでなく、遺留分対策や代償分割の原資としても活用可能です。
生命保険の活用で注意したいのは、契約者、被保険者、受取人の設定によって税務上の取り扱いが異なる点です。目的に応じ、終身保険や定期保険のほか、長期平準定期保険や逓増定期保険など、事業承継に適した商品を選ぶ必要もあります。
なお、生命保険料は法人契約の場合、損金算入できるため、会社の資産圧縮にも寄与します。代償分割に必要な資金を生命保険で確保すれば、相続人間の公平な財産分配を円滑に進めることが可能です。
現金資産を不動産に組み替える
現経営者が個人で保有する現預金は、課税価格が小さくなる可能性のある資産に組み換えると良いでしょう。組み換え先の候補に挙がるのは不動産です。
不動産に相続税・贈与税が課税されるときは、路線価または固定資産税評価額に対する所定の倍率による評価となり、実勢価格8割程度に抑えられます。需要および換価性があり、課税時期が過ぎた段階ですぐに売却して納税そのほかの用途に充てる計画にも無理がありません。
生前贈与(相続時精算課税制度)の活用
生前贈与による株式譲渡は、時期および方法しだいで有効な税対策となります。
60歳以上の親・祖父母から18歳以上の子・孫などへの贈与が対象となる「相続時精算課税制度」を適用すると、課税年度内に2,500万円まで非課税で贈与できます。左記の非課税枠は相続開始までの通算となりますが、2024年1月以降は本制度の非課税枠とは別に、毎年110万円の基礎控除(※制度を選択しなかった場合の課税方式=暦年贈与と同じ)を利用できるようになりました。
相続時精算課税制度は、事業承継税制との併用が可能です。株式譲渡による課税価格を算定したうえで、効果的に活用すると良いでしょう。
【争族対策編】円満な事業承継を実現するための事前準備

事業承継における相続トラブルの対策では、遺言書のほかに民事信託(家族信託)の活用が考えられます。いずれか1つの方法にこだわることなく、複数の方法を組み合わせて対策を実施すると良いでしょう。
遺言書の作成
相続対策の基本となる遺言書では、財産の処分(誰に・どの割合で分配するか)などにつき、死後発効する条件で指定できます。注意したいのは、事業承継を予定する場合の相続だと、遺言書を作成してもなお次のような相続トラブルを防止するうえでの課題が残る点です。
■遺留分侵害額請求は避けられない
……自社株や納税資金を含む大部分の個人資産を後継者に相続させる内容については、最低限保障された権利(=遺留分)の支払いをほかの相続人に要求される恐れがあります。
■承継スケジュールのコントロールが難しい
……株式譲渡は、生前贈与や民事信託を組み合わせて段階的・計画的に行いたいところです。相続開始時に一括で譲渡する予定にすると、生前のインセンティブがないため後継者自身の成長意欲が削がれたり、経営者交代などの対応が一気にのしかかって負担になったりする恐れがあります。
■納税資金の準備期間が短くなる
……相続開始から相続税の申告・納付までの期間は最大10か月間です。遺言で遺産分割の指定を行うことによる対策だけだと、その対策が万全でない場合は左記の期間内で対応せざるを得なくなるため、スケジュールがタイトになります。
民事信託(家族信託)の活用
民事信託(家族信託)は、財産について所有権、管理処分権、受益権を分離させ、合意した当事者が一定期間にわたってそれぞれの権限を有するものとする契約です。このしくみを活用すると、現経営者が「委託者」として自社の株式を保有し続け、議決権と信託終了時の株式の帰属は後継者へ、配当金は現経営者・後継者・そのほかの相続関係者が受け取るものとする状況を構築できます。
民事信託のメリットは、経営支配権の承継を段階的に進められるだけでなく、将来を見越して後継者の家系への権利集約もできる点です。受益権を通じて配当金を適切に分配し、遺留分侵害額請求などの相続トラブルを抑制する効果が見られます。
【民事信託の活用例1】受益者連続型信託
信託契約の存続期間は委託者の死後に及び、そのあいだの受益権の承継はあらかじめ指定できます。このしくみの活用により、当初の受益者(経営者)の死亡後は、次の受益者(例えば配偶者)、さらにその次の受益者(例えば子である後継者)へ……とのように、複数世代にわたる円滑な資産承継の道筋をつけることが可能です。
【民事信託の活用例2】認知症対策
民事信託で議決権を後継者に委ねておくことで、経営者が認知症などで判断能力が低下した場合でも、受託者である後継者が引き続き事業運営を行えます。意思決定の停滞による経営の混乱が回避でき、高齢期の備えとして役立ちます。
議決権の集約と安定化
会社の議決権を後継者に集約するうえでは、既存株主の状況を再確認したうえで、会社法上の手続きを通じ対策する方法も考えられます。具体的には、次のようなものです。
■種類株式の活用
……会社法で認められている種類株式を活用することで、経営権の安定化を図ることができます。例えば、普通株式よりも多くの議決権を持つ黄金株(拒否権付株式)を後継者に保有させる、後継者以外の相続人には議決権を制限した株式や配当優先株式を割り当てるなどの方法があります。
■従業員持株会の設立
……従業員持株会を設立し、従業員に自社株を持たせることで、従業員の経営参加意識を高めるとともに、安定株主を確保する効果が期待できます。これにより、株式の社外流出を防ぐ一助ともなります。
■少数株主からの株式買い取り
……分散してしまった株式は、可能な範囲で後継者や会社自身(金庫株)が買い取ることにより、議決権の集約を進めることができます。
■定款・株主間契約による整備
……定款変更や株主間契約によって、株式の譲渡制限や相続人への売渡請求権などを定めておくことも、議決権の散逸を防ぐ有効な手段です。
まとめ
事業承継における相続対策は、単なる節税手段ではなく、企業の持続的発展と円滑な世代交代を実現するための重要な戦略です。高額な相続税・贈与税の負担軽減、相続人間のトラブル防止、経営権の安定化といった課題を解決するためには、株価対策、事業承継税制の活用、生命保険や生前贈与の活用、遺言書や民事信託による争族対策など、多角的なアプローチが必要となります。
これらの対策は一朝一夕に実現できるものではなく、5年から10年といった長期的な視点での計画的な準備が求められます。また、税務・法務・財務といった専門性の高い分野にまたがるため、信頼できる専門家のサポートを受けながら進めることが成功の鍵となるでしょう。
東京アライアンスアドバイザリーでは、事業承継と相続対策を一体的に進めるための包括的なサポートを提供しています。お客様の企業規模や事業内容、ご家族の状況に応じて最適なプランをご提案いたします。事業承継でお悩みの経営者の皆様は、ぜひお気軽にご相談ください。