中小企業のM&Aを支援する担当者を対象に、国が新しい資格試験の準備を進めています。2025年8月に中小企業庁が公表した「中小M&A市場改革プラン」で、M&Aアドバイザー個人の知識やスキルを確かめる資格制度の創設が打ち出されました。2026年5月には試験の実施を担う委託先が決まり、初回試験は2027年1月から2月にかけての実施が想定されています。
本記事では、「中小M&A資格試験(仮称)」の概要、試験科目、合格後の登録制度を整理し、M&Aを検討する経営者にとってこの資格がどのような意味を持つのかを解説します。なお、記事の内容は2026年10月時点で公表されている中小企業庁の資料に基づく現状案です。今後公表される試験案内で変更される可能性がある点にご留意ください。
中小M&A資格試験とは|M&A支援者の質を国が確かめる新しい試験
中小M&A資格試験は、中小企業のM&Aを支援する担当者が、必要な知識と倫理観を備えているかを確かめるための試験です。中小企業庁が運営主体となり、仲介者やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)として案件を担当する人を主な対象としています。まずは、資格がつくられる背景と制度の性格を確認しておきましょう。

資格制度がつくられる背景
経営者の高齢化と後継者不在を背景に、中小企業のM&Aは事業承継の選択肢として定着してきました。それに伴ってM&A支援の担い手も増え、2026年3月時点で中小企業庁のM&A支援機関登録制度には約3,400者が登録しています。このうち、仲介やFAを専門に手がける事業者は約1,200者にのぼります。
一方で、支援の質のばらつきも指摘されるようになりました。不慣れな経営者に十分な説明がないまま契約が進む事案や、仲介者が当事者との利益相反を抱えたまま取引を進める事案が問題になっています。さらに、譲り渡し側の経営者保証を解除しないまま、会社の現預金を引き抜くような不適切な譲り受け側の存在も、報道などで問題視されてきました。
こうした問題に対し、国は中小M&Aガイドラインの改訂やM&A支援機関登録制度によって、支援機関という組織単位での規律づけを進めています。しかし、実際に案件を担当する個人について、国が知識と倫理観を確かめ、登録後も規律を及ぼす仕組みは、これまでありませんでした。資格試験の創設は、この空白を埋めるための取り組みといえます。
合格しても士業の独占業務ができるようになるわけではない
中小企業庁の検討会資料は、この試験に合格しても、業法に基づく独占業務を行えるようにはならないと明記しています。仲介やFAの業務は、もともと弁護士法72条や税理士法52条などが定める士業の独占業務に抵触しない範囲で行うことが前提です。たとえば、報酬を得る目的で、法律上の紛争について依頼者に代わって相手方と交渉することは、原則として弁護士にしか認められていません(弁護士法72条)。また、株主が納める具体的な税額を計算して助言することは、無償であっても、税理士でない者が業として行うことはできません(税理士法52条)。 試験の合格者像も、財務・税務や法務の基礎知識をもとに検討すべき論点を見極め、士業専門家と適切に連携できる水準とされています。また、現時点では、資格の取得をM&A支援業務の条件とする方針は示されていません。この資格は業務の許可証ではなく、M&A支援に必要な基礎知識と、倫理・行動規範への理解を備えていることを確かめるものと位置づけられます。
既存の民間資格との違い
M&Aに関する資格は、これまでにも民間でいくつか設けられてきました。代表的なものが金融財政事情研究会の「金融業務2級 事業承継・M&Aコース」(事業承継・M&Aエキスパート)で、金融機関の職員などに広く受験されています。ほかにも、民間団体が認定するM&Aアドバイザー資格が複数あります。
中小M&A資格試験とこれらの資格との違いは、大きく二つです。一つ目は、中小企業庁が運営主体となる点です。試験の実施は委託先が担い、2026年5月に株式会社銀行研修社が採択されました。二つ目は、M&A支援機関登録制度や中小M&Aガイドラインとの連動が構想されている点です。後ほど詳しく触れるとおり、資格を持つ担当者が重要事項の説明を行うことを求める方向も検討されており、国のM&A支援政策に組み込まれた資格になる見込みです。
試験の概要|形式・日程・合格基準(2026年10月時点の現状案)
ここからは、中小企業庁の募集要領や検討会資料に示された試験の外形を整理します。正式な試験案内はまだ公表されていないため、以下の内容はいずれも現時点の想定です。

試験の形式と実施時期
試験は、テストセンターのコンピューターで解答するCBT(Computer Based Testing)方式で行われる想定です。4科目をまとめて受験し、試験時間は120分、問題数は60問程度が予定されています。問題は4択または5択の正誤判定が中心で、計算問題や事例問題も一部出題されます。
会場は各都道府県に少なくとも1か所設けられ、受験者が多く見込まれる東京・名古屋・大阪などの大都市圏には、ほかの地域よりも多くの会場が確保される予定です。
試験日は全国一斉に設定する方式が想定されており、初回は2027年1月から2月にかけて3日程度の試験日を設け、受験者がそのうち1回を選んで受験する形が示されています。
合格基準と「禁忌肢」
合格の目安は、総得点の70〜80%程度です。難易度は、M&A実務を行う人であれば把握しておくことが期待される基本的な水準で、一般的な社会人が一定期間学習すれば合格できる程度が想定されています。
ただし、初回試験では一律の合格点をあらかじめ決めず、各試験日の受験者の得点状況などを踏まえた相対評価で合否を判定する方針です。そのため、CBT方式であっても結果はその場ではわからず、後日の発表となります。また、特定の分野だけで点数を稼いで合格することを防ぐため、科目ごとに50%程度の最低基準も設けられる予定です。
この試験で特徴的なのが、倫理・行動規範の科目に限って検討されている「禁忌肢」です。禁忌肢とは、それを正しいと考えること自体に大きな問題がある誤答の選択肢のことを指します。禁忌肢を含む設問を複数設け、そのうち一定数を誤答した場合は総得点にかかわらず不合格とする設計が検討されています。倫理に著しく反する判断をする支援者をふるい落とすための仕組みであり、中小企業庁が合格者の倫理・行動規範の遵守を最も重視していることの表れです。
受験対象と、まだ決まっていない事項
主な受験対象は、M&A専門業者で仲介やFAを担当する人、金融機関・士業事務所・M&Aプラットフォームなどで仲介やFAの業務に携わる人、そしてこれから中小M&Aの仲介・FA業務を始めようとする人です。商工団体や事業会社でM&Aに関わる人にも、受験が広く推奨されています。受験者数は、M&A支援機関登録制度に登録された支援業務の専従者数をもとに、約1万人と見込まれています。
なお、公認会計士や弁護士などの国家資格を持つ人も、少なくとも立ち上げ期は科目の免除を受けられない方針です。
一方で、正式名称や受験料、申込方法はまだ公表されていません。受験料は有償とする方針のみが決まっており、具体的な金額は今後決定されます。受験を検討している方は、中小企業庁や委託先から公表される試験案内を必ず確認するようにしてください。
4つの試験科目|出題割合と重点的に問われる論点
試験は「M&A実務」「財務・税務」「法務」「倫理・行動規範」の4科目で構成されます。検討会資料が示す出題割合と、60問の場合の出題数の目安は次のとおりです。
| 試験科目 | 出題割合 | 出題数の目安 |
| M&A実務(中小M&A市場動向・中小企業政策を含む) | 35〜40%程度 | 21〜24問程度 |
| 財務・税務 | 20〜23%程度 | 12〜14問程度 |
| 法務 | 17〜18%程度 | 10〜11問程度 |
| 倫理・行動規範 | 25%程度 | 15問程度 |
科目ごとの試験範囲は検討会資料で細かく示されており、その中には「特に重要度が高く優先的に出題する項目」も指定されています。以下では、こうした重点項目を中心に各科目の内容を見ていきましょう。

M&A実務(中小M&A市場動向・中小企業政策を含む)
M&A実務は最も出題数の多い科目で、事前相談からクロージング後の統合作業(PMI)まで、M&Aの全工程が範囲に含まれます。このうち3問程度は、中小M&A市場の動向や中小企業政策から出題される想定です。
重点項目として挙げられているのは、仲介とFAの違い、株式譲渡・事業譲渡・会社分割といったスキームの検討、契約前の重要事項説明、企業概要書(IM)の作成、不適切な譲り受け側に関する調査などです。最終契約の段階では、リスクの抽出と対応、表明保証条項、クロージングの前提条件、譲り渡し側の経営者保証の扱いなど、多くの項目が重点とされました。政策面では、M&A支援機関登録制度や事業承継・M&A補助金、事業承継・引継ぎ支援センターなどが重点項目になっています。
検討会資料のサンプル問題では、株式譲渡と事業譲渡の違いが問われています。許認可や契約が引き継がれるか、偶発債務を承継するか、手続きがどれだけ煩雑かといった観点から、二つのスキームを正しく区別できるかを確かめる内容です。
財務・税務
財務・税務は出題数の目安が12〜14問程度で、このうち2〜3問程度が税務に関する出題です。
財務では、簿記の基礎知識に加え、損益計算書(PL)・貸借対照表(BS)・キャッシュ・フロー計算書(CF)の読み方が重点項目とされています。バリュエーションや財務デュー・ディリジェンス(DD)、譲渡額の検討に必要な財務知識も問われます。税務の重点は、法人税や株式の譲渡に関する所得税、相続税・贈与税といった各種税金の基本と、役員退職金の税務です。
サンプル問題には、営業利益や減価償却費、運転資本の増減、設備投資額などのデータからフリー・キャッシュ・フローを計算する問題が掲載されています。数字を正しく扱える力も求められる科目といえるでしょう。
法務
法務の出題数の目安は10〜11問程度です。会社法・民法・労働法・弁護士法が重点とされ、ほかに独占禁止法や金融商品取引法、個人情報保護法なども範囲に含まれます。秘密保持契約、アドバイザリー契約、基本合意、法務DD、最終契約、クロージングといったM&Aの各段階に関する法律知識が問われる構成です。
サンプル問題では、アドバイザリー契約の免責条項が取り上げられています。正解とされたのは、免責条項があっても、アドバイザーが本来負うべき正確で適切な情報提供の義務がただちに消えるわけではなく、その範囲は条項の文言や事案の性質、当事者の関与状況などに応じて判断される、という考え方でした。契約書に免責条項さえ入れておけばよいわけではないという、支援者の基本的な姿勢を確かめる問題といえます。
倫理・行動規範
倫理・行動規範は15問程度と、全体の4分の1を占める科目です。範囲は、善管注意義務や職業倫理、仲介者の利益相反の防止、広告・営業の規律、情報管理、法令遵守、反社会的勢力との関係遮断など多岐にわたります。仲介契約・FA契約に盛り込まれる専任条項、直接交渉の制限に関する条項、テール条項の留意点も出題範囲です。中小M&Aガイドラインの内容が、そのまま試験範囲の土台になっています。
サンプル問題では、弁護士や税理士などの資格を持たない支援者が適法に行えない行為を選ぶ問題が示されました。注目したいのは、アドバイザリー契約とは別に無償で株主の税額を試算する行為も、適法に行えないものとされている点です。冒頭で述べた独占業務の線引きを、実際の場面に当てはめて判断できるかが問われています。
合格後の登録制度|資格は取って終わりではない
中小M&A資格試験は、合格者の登録制度と一体で運用される予定です。ここでいう登録は、支援機関を登録する現在のM&A支援機関登録制度とは別に、試験に合格した個人を登録する仕組みです。制度の設計にあたっては、中小企業診断士や宅地建物取引士の制度が参考にされています。

登録の要件と登録者への規律
登録の要件として想定されているのは、倫理規程の遵守に同意することと、登録時および定期的に講習を受けることです。講習は1〜2年ごとなどの頻度が想定されており、合格後も知識を更新し続けることが求められます。
登録した人は、倫理規程を守る資格保有者としてデータベースで氏名が公表され、資格証も交付される予定です。反対に、倫理規程への違反が認められた場合には、氏名の公表や登録の取消しといった処分が想定されています。
一度合格すれば終わりではなく、資格を持ち続けること自体が支援者への規律として働く仕組みです。依頼する側から見れば、このデータベースは、担当者が現在も規律の下で業務を行っているかを確かめる手段になると考えられます。
M&A支援機関登録制度・ガイドラインとの連動
中小企業庁は、資格を市場全体に浸透させるため、中小M&Aガイドラインで新たな対応を求めることを検討しています。具体的には、M&A支援機関登録制度に登録している機関に対し、担当者に資格の取得を推奨することや、契約前の重要事項説明を資格保有者が行うことを求める方向です。
現行のガイドライン第3版(2024年8月改訂)も、仲介者やFAに対し、契約前に重要な事項を書面で説明するよう求めており、その項目には担当者の保有資格、経験年数、成約実績が含まれています。資格制度が本格的に動き出せば、担当者がこの資格を持っているかどうかが、経営者が相談先を選ぶ際の判断材料の一つになっていくでしょう。
経営者から見た中小M&A資格試験|相談先選びにどう活かすか
ここまで試験の中身を見てきましたが、この資格はM&Aを検討する経営者にとっても無関係ではありません。試験範囲を「依頼する側が確認すべきこと」に読み替えると、相談先選びの具体的な手がかりが見えてきます。

試験範囲は「支援者に求めてよい説明」の目安になる
倫理・行動規範とM&A実務の重点項目には、経営者が仲介者・FAとの契約前に受けるべき説明と重なるものが少なくありません。言い換えれば、試験で問われる内容には、経営者が支援者に説明を求めてよい事項も多く含まれているのです。
まず確認したいのは、相手が仲介者なのかFAなのかという点です。仲介者は譲り渡し側と譲り受け側の双方から依頼を受けるため、双方から手数料を受け取る場合があり、利益相反のおそれがある事項を事前に説明することが求められます。手数料については自社の手数料だけでなく、仲介者の場合は相手方の手数料も説明の対象です。さらに、専任条項によって他の支援機関への相談がどこまで制限されるか、テール条項の期間と対象がどの範囲かも確認しておきたい項目といえます。
これらの説明があいまいなまま契約を急がせる支援者には、慎重に向き合ったほうがよいでしょう。
経営者保証と譲り受け側の調査は、試験でも重点項目になっている
M&A実務の重点項目には、譲り渡し側の経営者保証の扱いと、不適切な譲り受け側に関する調査が含まれています。どちらも、M&Aの後に譲り渡し側の経営者が大きな不利益を被りかねない問題です。
経営者保証の解除や譲り受け側への移行は、クロージング後に手続きを行うケースも多く、譲り受け側の信用力や姿勢によっては保証が外れないまま残ってしまうおそれがあります。ガイドライン第3版は仲介者・FAに対し、保証の提供先である金融機関などへのM&A成立前の相談が選択肢になることを説明するよう求めています。最終契約で、保証の解除や移行を譲り受け側の義務やクロージングの条件として位置づけることも検討すべきとされました。もっとも、最終契約に譲り受け側の義務を定めただけで保証が自動的に外れるわけではなく、保証の提供先である金融機関との調整も欠かせません。 譲り受け側の調査についても、ガイドラインは仲介者・FAに対し、財務状況やコンプライアンス、事業実態などの調査の概要を、契約前に譲り渡し側へ説明するよう求めています。経営者としては、どこまで譲り受け側を調べるのか、経営者保証をどのような段取りで外すのかを、契約前の段階で具体的に尋ねておくことが大切です。
資格の有無だけで相談先を決めない
資格制度は支援の質を高める大きな一歩ですが、資格の有無だけで相談先を決めるのは避けたいところです。初回試験は2027年に予定されており、当面は合格者が限られると考えられます。また、試験が確かめるのは、M&A実務を行う人が身につけておくべき基本的な水準です。
相談先を選ぶ際は、資格に加えて、担当者の経験年数や成約実績、手数料の体系を確認しましょう。M&A支援機関登録制度のホームページでは、登録している支援機関の手数料体系をデータベースで調べられます。説明に納得できない場合は、ほかの支援機関や士業専門家にセカンド・オピニオンを求めることも有効です。
当社のM&A支援|成立ありきにしない伴走型の支援
東京アライアンスアドバイザリーは、中小企業庁のM&A支援機関登録制度に登録しているM&A支援機関です。代表は中小企業診断士で、代表者名で認定経営革新等支援機関の認定も受けています。また、当社としてM&A支援機関協会に加盟しています。
当社は創業以来、多くのファミリービジネスの事業承継や組織再編、M&Aに関わってきました。M&Aは、経営者ご本人だけでなく、ご家族や従業員、取引先など多くの関係者の将来に関わる決断です。そのため当社では、M&Aの成立を前提に話を進めるのではなく、経営面だけでなく心理面にも配慮しながら、経営者や関係者が納得して決断できるよう方針づくりの段階から伴走します。法務や税務の専門的な判断が必要な場面では、弁護士や税理士などの専門家と連携して対応いたします。

まとめ
中小M&A資格試験は、M&A支援を担う個人の知識と倫理観を国が確かめるための新しい試験です。合格しても士業の独占業務ができるようになるわけではなく、士業と連携しながら依頼者を支えるための基礎知識と倫理観を確かめるものとして位置づけられています。試験は4科目で構成され、禁忌肢の導入が検討されるなど、倫理・行動規範を特に重視した設計です。
経営者にとって、試験範囲は支援者に求めてよい説明の目安として役立ちます。ただし、資格の有無だけで判断せず、説明の丁寧さや実績、手数料の体系もあわせて確認することが大切です。
当社では、M&Aを検討する経営者の方に、方針づくりから専門家との連携まで一貫して寄り添います。M&Aや事業承継についてお悩みの際は、お気軽にご相談ください。